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昭和と平成の時代の違いと希望
2012 / 05 / 06 ( Sun )
なんだか眠れずに朝までテレビを見ていました。
過去と現在の環境の違いを考えさせられました。

朝に落語をやっていました。
落語家:柳家喜多八

昔の子供は、鼻を垂らしているのが普通だった。
→昔は栄養状態が良くなかったため、栄養状態が改善した
 昭和40年代後半には、鼻たれ小僧は少なくなったような気がする。

昔の子供は、ズボンなどは継ぎ接ぎを当てたもの、兄弟などからの
お下がりを着ていた。
→昭和60年ごろからお下がりや継ぎ接ぎの服は少なくなったような?


落語の題名は:”いかけや”(鍋釜の修理をする人)
→鍋釜が貴重だった時代、製造技術が低く壊れることが多かったが
 昭和に入ると、経済の発展、製造技術の向上などで職業としてなくなる。

byウイッキペディア
 鋳造された鍋、釜などの鋳物製品の修理を行う職業。
 鋳かけ、または鋳鐵師との表記もされる。

 江戸時代から昭和期にかけての家財道具である鍋、釜は鋳造によって
 作られていたが、当時の鋳造技術では鬆(ス)が入りやすく、また
 ひび割れ等により穴が開くことがあった。

 その一方、「月夜に釜を抜かれる」といったことわざにみられるように
 鍋釜は泥棒が真っ先に狙うほどの大変な貴重品であった。
 従って穴が開いたとしても容易に捨てたり買い換えたりするわけにいかず
 修理しながら使っていたのである。その修理業者が鋳掛屋である。

 明治、大正時代までは鍋・釜の品質が向上しなかったので鋳掛屋商売も
 成り立っていたが、昭和期に入ると急速に廃れてゆくことになる。

落語の後、往年の名女優 有馬稲子さんとの話があった。
代表作とし、”はなれ瞽女(ごぜ)おりん”とのこと。
ごぜとは?

 瞽女(ごぜ)とは、「盲御前(めくらごぜん)」という敬称に由来する
 女性の盲人芸能者[1]。近世までにはほぼ全国的に活躍し、20世紀には
 新潟県を中心に北陸地方などを転々としながら三味線、ときには胡弓を
 弾き唄い、門付巡業を主として生業とした旅芸人である

 明治時代から昭和の初期には多くの瞽女が新潟県を中心に活躍していたが
 第二次大戦後、ほとんどの瞽女は廃業し、その数は急速に減っていった。
 
 →社会保障がなく、障害のある人もない人と同じように自力で生きている
  時代背景で、映画、TVのない時代の娯楽として芸人として生きていたが
  時代の流れで、なくなっていった職業

はなれ瞽女おりんの原作は、水上勉氏なので、ほかの作品はどのような
ものがあるのか調べて見ました。

代表作

 雁の寺(直木賞受賞)
 昭和初期、雁のふすま絵があることから「雁の寺」と呼ばれる京都の
禅寺で、若狭の貧しい村から口べらしのために仏門に入れられた十四歳
の少年 (嵐広也) のための得度が行われていた。
  過酷な日常の修行の続くある日、慈念は法事に訪れた美しい女性、
元祇園の芸者里子(高橋惠子)に強く心の動揺を覚えた。


雁の寺・越前竹人形 (新潮文庫)雁の寺・越前竹人形 (新潮文庫)
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 越前竹人形
 竹神集落は越前の国武生の寒村で竹細工の産地として知られている。
竹細工の名人といわれた父吾左衛門を失った一人息子の喜助は、仕事場
へ見知らぬ美しい女の訪れを受けた。
かつて喜左衛門に世話になった、芦原の遊廓に働く遊女玉枝であった。

 飢餓海峡
 昭和二十二年九月二十日十号台風の最中、北海道岩内で質店一家三人が
惨殺され、犯人は放火して姿を消した。その直後嵐となった海で、青函
連絡船の惨事が起き、船客五百三十名の命が奪われた。
死体収容にあたった函館警察の刑事弓坂は、引取り手のない二つの死体に
疑惑を感じた。


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飢餓海峡 (下巻) (新潮文庫)飢餓海峡 (下巻) (新潮文庫)
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 五番町夕霧楼
 1958年の売春防止法施行まで存在していた五番町遊廓を舞台に、
家族を養うために丹後からきた少女とその幼馴染である学生僧との悲恋を
描いている。水上の代表作であり、1950年に起きた金閣寺放火事件と水上
の実体験が題材になっている。


五番町夕霧楼 (新潮文庫)五番町夕霧楼 (新潮文庫)
(1966/04)
水上 勉

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遊郭もなくなりました。
時代が違うと価値観が多きことなります。これは日本の環境がよくなって
弱者の救済が長い目で見ると良くなっていると思います。

貧富の格差が問題になっていますが、日本はどんどんよくなると信じます。
時代による職業の変遷からいろいろと考えました。
昭和40年代まであった紙芝居屋という職業もなくなりました。

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