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さきたま史跡の博物館と前玉神社(さきたま神社)
2010 / 09 / 04 ( Sat )
国指定史跡 埼玉(さきたま)古墳群を見に行きました。
車を駐車場にとめて、道路の反対にある資料館に向いました。

小学生の一段が歩いてきました。資料館見学後に古墳群の見学に行くの
だろうと思いました。

資料館は、「埼玉県立さきたま史跡の博物館」という名称でした。
見学のしおりには、古墳の配置図があります。
展示会場は、通常展示が一部屋、工作室が一部屋、企画展示室その他
でした。大きな博物館を想像していましたが、通常展示室が一部屋で
小さいなと思いました。

ここには、教科書にも載っている国宝の刀があります。

by ウイッキペデア
金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)は、1968年に埼玉県行田市の埼玉古墳群
にある前方後円墳・稲荷山古墳から出土した鉄剣。
1983年に同古墳から出土した他の副葬品とともに国宝に指定された。
「金錯」は「金象嵌(きんぞうがん)」と同じ。
「金錯銘鉄剣」は一般名詞なので、研究者は「稲荷山古墳出土鉄剣(銘)」
と呼称することが多い....ワカタケルのオオキミの部下だったと記載。

 受付兼売店で、おみあげに金錯銘鉄剣の記載文章が書かれている鉛筆
 を購入しました。

現在は埼玉古墳群近くの埼玉県立さきたま史跡の博物館内で、窒素ガスを封入
したケースに保管・展示されている。

 埼玉古墳群は、埼玉県の県名発祥の地、行田市大字埼玉にあり
 5世紀後半から7世紀始め頃までにつくられた9基の大型古墳
 が群集している。---埼玉県立さきたま史跡の博物館 見学のしおりから

 ⇒古墳群は、9基の大型古墳の周りに陪臣の小型古墳があり、円墳35基
  方墳1基からなる。
  しかし、昭和初期に周囲の沼地の干拓で取り壊されてしまった。

資料館の見学のしおりの配置図を見ると、敷地の左下に建物と思われる
図が乗っています。これが前玉神社(さきたまじんじゃ)ではないかと
考え、博物館を出て前玉神社を目指しました。

瓦塚古墳、鉄砲山古墳を経て、いったん敷地の外に出て外周の道を
北上すると、前玉神社がありました。

敷地内の建物なのだから、見学のしおりに名称ぐらい載せてあげても
いいのではないかと、考えました。天祥寺は乗っています。
神社の案内板には、ここが古墳であることが表示されていました。

by ウイッキペデア
浅間塚古墳(せんげんづかこふん)は、埼玉県行田市にある円墳である。
埼玉古墳群のすぐ東にあるため、古墳群の一部とされることもある。
別名浅間山古墳。高さ8.7メートル、直径58メートルの円墳であり
市内の八幡山古墳、白山神社古墳と並行する7世紀前半の築造と思われる。
墳頂には延喜式の式内社である前玉神社(さきたまじんじゃ)が鎮座している。


前玉神社 本殿を中腹から



鳥居を通って、階段を上がり左手に進み、階段を上がると本殿です。

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