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天開稲荷社へ
2010 / 05 / 13 ( Thu )
太宰府天満宮本殿を左に超えて、回り込むようにして右に曲がり
本殿裏と菅公歴史観の間を通って、包丁塚を左に曲がり奥にどんどん
進みます。天開稲荷社ののぼりがあります。
どんどん山を登っていくと茶店があり、多くの人が休んでいました。
その先の道をなおも進むと天開稲荷社があります。

天開稲荷社の方向から、先生に引率された幼稚園児の集団が下ってきました。
幼稚園児の集団が下りてきたので、きっと天開稲荷神社への道は楽な道だろう
とおもったのですが、これが結構きつい坂道でした。

天開稲荷社へ着きましたが、自分以外の人は誰もいない状態でした。
境内の北東、小高い丘の上にあり、稲荷大神
ご祭神:宇迦之御魂神

 太宰府天満宮の本殿の東北に位置する小山の上に太宰府天満宮末社
天開稲荷社(てんかいいなりしゃ)があります。太宰府天満宮にお参りする人
は多いですが、この天開稲荷社まで来る人は少ないようです。

 神社の説明によると 鎌倉末期(14世紀)に京都の伏見稲荷大社から
の御分霊を宮司邸の邸内社として勧請し、その後現在の地に遷した。
九州ではもっとも歴史のある稲荷社で、ご本殿裏には奥の院がある。
毎月1日には月次祭が斎行されるそうです。

御祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)です。
宇迦之御魂神は須佐之男命の御子神であり人々の生命の根源である
食物とくに稲の生長を守護する神さまであります。

 社名に由来するように古来より天に開かれたお社とされ、五穀豊穣商工業
の発展、更には人々に開運と幸福をもたらす神として広く信仰されているようです。

この天開稲荷社の奥の院が本殿の左から回った奥にあります。
本殿のすぐ後ろで、入口から30mくらいの場所にあります。
奥の院は古墳の石室のようです。この古墳がどういう古墳なのでしょうか。
古墳ですから3世紀後半から7世紀前にできたものと思われます。
そうすると太宰府天満宮よりも古くからここにあったことになります。

宮司邸からワザワザ古墳の前に宮を移したこと、毎月祭を行うことを
考えると、神秘的な場所なのではないかと考えます。


天開稲荷神社の左側から奥に入るとあります。
古墳のなかにあるようです。



天開稲荷神社 干支ごとに振り鐘があり、自分の干支の振り鐘を鳴らしてから
奥にある、振り鐘を鳴らすそうです。



天開稲荷神社の右側に行くと、道があり、木でできた立て札に手書きの国博⇒がありました。
国博⇒の反対側にも路がありました。

その道を行くことにしたのですが、もろ山道でした。
私以外誰も見かけませんでした。

山の尾根を歩いている感じです。にぎやかな音が聞こえた方向(左側)を見ると
遊園地が見えました。最後は急な下りがありそこを通過すると目の前には遊園地
入口と曲水の庭の間、九州国利博物館入口の前に出ました。

この路は、太宰府天満宮のパンフレット(フリーパーパー)の案内図には載っていません。
太宰府天満宮案内図
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