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慈眼堂 天海大僧正
2009 / 05 / 17 ( Sun )
日光山輪王寺 大猷院(たいゆういん)のそばで、看板を見つけました。
なんだか、見てはいけないようにも思いました。

社団法人 日光観光協会の説明文

常行堂と法華堂の間を山に向かって進んでいくと、ゆっくり歩くと長生きするという
延命坂-えんめいざか-があり、やがて慈眼堂にたどり着く。

 慈眼堂は、天海大僧正-てんかいだいそうじょう-が眠るところである。
拝殿・墓所・天海蔵-てんかいぞう-(文庫)・阿弥陀堂-あみだどう-・鐘楼-しょうろう-の
総称として、こう呼ばれている。「慈眼」とは、天海大僧正の大師号である慈眼大師から
とられたものである。

 天海大僧正は、家康・秀忠・家光公の3代の将軍に仕えた。
日光山第53世貫主-かんす-をつとめ、日光に東照大権現をおまつりして一時衰えた
日光山を建て直した大きな功績の持ち主。東照宮の傍らにまつられている。

 108歳で亡くなった天海大僧正の命日にあたる10月2日には、毎年、拝殿で
大がかりな法要(長講会-じょうごえ-)が営まれる。そのときの御斎食-おさいじき-には
天海大僧正の好物だった納豆汁が供せられる。

 拝殿は一重入母屋造り-いちじゅういりもやづくり-といわれる建物で、前後に扉が
ついているのが特徴。墓所を守るようにたたずんでいる。

20090517214736


輪王寺 by wikipedia
ここに慈眼堂と天海墓所の写真が乗っています。



天海は、明智光秀はないかとの異説もあります。いろは坂を日光側から登ると明智平が
あります。二代将軍 秀忠、三代将軍 家光 二人の名前が光秀から取られた
のではないかとの話もあります。

江戸の陰陽師―天海のランドスケープデザイン江戸の陰陽師―天海のランドスケープデザイン
(2001/11)
宮元 健次

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