四十三年前の記憶 大滝児童学園
2008 / 06 / 12 ( Thu ) 私が3歳の頃(昭和41年)に2〜3ヶ月ぐらい施設に預けられていた
記憶があります。母親が妹を生むことと産後のひだちが悪く体調を 崩したためです。妹は未熟児で生まれたので、未熟児センターに いましたし、母が病弱のためしばらくは施設に預けられていました。 弟も別の施設に預けられていました。 (預けられた施設の調査) 最近、預けられていた施設が気になって自分なりに調べてみました。 親父に、預けられていた施設のことを聞きました。 東京都江戸川区の船堀付近にあった大滝学園というところに 迎えに行った記憶がある。JRの新小岩からバスに乗って 江戸川車庫のバス停で降りて左側に曲がってすぐのところに あったとのこと。(船堀の江戸川車庫は昭和62年に移転) 上野 松が谷にあった児童相談所経由で預けたので、預けたときは 大滝学園には行っていない。引取りのときに一度行っただけとのこと。 引取りのときは嬉しくて、まっすぐ施設に行ってすぐ家に連れて帰って きたので、あまり覚えていないとのことでした。 インターネットで大滝学園を調べてみましたが、見つかりません。 しばらく、ほっぽときました。 (再調査) TVで自らも児童養護施設で育ち、ボクシングで活躍し現在トレーナーを しながら、各地の児童養護施設への支援活動をしている人のことが 紹介されていました。 自分も施設にお世話になったのだから、まだ存続していればなんらかの 恩返しができればいいなと、調査を再開しました。 まず、江戸川区の児童養護施設を管轄している児童相談所に 電話して、40年ほど前に江戸川区にあった施設について 教えて欲しいとたずねましたが、現在いる職員は皆10年以下なので 分からないとのことでした。 児童養護施設という社会福祉を担当している相談所の電話を受ける人に しては、こころがない返事だなーと思いました。 そこで、東京都に電話して確認しました。 104で東京都庁の代表電話番号を聞いて、40年ほど前にあった児童養護 施設について教えて欲しいというと東京都 福祉保健局少子社会対策部 育成支援課 児童施設係に繋がりました。 そこで、用件をいうと調べるので30分ぐらい時間が欲しいとのことでした。 時間が過ぎるのを待って、再度掛けると、40年ほど前に江戸川区にあって 現在はない児童養護施設を2つ教えていただきました。 教えていただいた児童養護施設の名称は、親父が覚えていた大滝学園 ではありませんでした。 翌日、再度東京都に連絡して大滝学園という児童養護施設は40年ほど前に なかったですかと聞きました。すると児童養護施設ですかと言われたので それが分からないのですがといいました。 再度調べてもらった結果、40年ほど前、大滝児童学園というものがあった。 個人立で、稼動期間は昭和34年12月から昭和44年3月31日までとのこと。 所在地にその他については不明とのことでした。 名前が一部一致していること。稼働期間に昭和41年が入っているため 目的に施設はこれだろうと感じました。 児童養護施設とは違う児童向けの施設が存在しているようです。 親父に再度確認して、江戸川車庫についてインターネットで調べてみました。 インターネットでの情報によると、旧江戸川車庫は現在の都営新宿線 船堀駅前にあったとのこと。そこは現在タワーホール船堀になっている とのことでした。 都営新宿線の計画されたのが昭和43年、船堀駅ができたのは、 昭和58年年末ですから、駅が出来るずいぶん前に 大滝児童学園は無くなっているようです。 ただ、都営新宿線の計画ができてから、一年後に無くなっている 計算になります。 (かすかな記憶) かすかな記憶として、施設に連れてこられてきた初日のこと、 食事のことを覚えています。ダンボール箱ひとつの荷物 玄関での受け渡し状況、自分は親に捨てられるのかと思ったこと。 受け渡されたおばちゃんから、君の服はタンスのここに入れなさい。 おねしょをしたら、お尻をぶつよと言われたことを覚えています。 また、集団での食事のときに隣に座ったこどもから、自分の好きなものは はじめに食べないといけないといわれたことを覚えています。 自立しなければと思ったことを覚えています。 親父が、迎えにきたときは誰だこの兄ちゃんはと思いました。 親父に言わせると、迎えに行ったときに名前を呼ぶとパパと いって抱きついてきたとのことでした。 家に帰ると、母親が床についていました。誰だこの病人はいやだなと 思いました。父親のことも母親のことも忘れていました。 抱きしめられても、なんの感情もわきませんでした。 翌日の朝ごはんに納豆がでました。納豆がこぼれたときしまったと 思いました。前に食事で納豆をこぼしたとき箸で指を叩かれた記憶が あったためです。ところが両親はにこにこ笑っていました。 待遇がいいなーと思いました。 それから、しばらくして別の施設に預けられていた弟が帰って きました。また約2年後には妹が帰ってきました。 私が小学校に入学する前に、兄弟が揃いました。 (感想) 今回の調査を通じて、親がぎりぎりの選択で子どもを施設に預けなければ ならなかったことを感じました。いまでもいろいろな事情で子どもを預けざるを 得ない親もいます。自分がもし子どもを施設に預けざるを得なくなったら どんなに哀しいことかと思います。 母親は亡くなっていますので、親父にいろいろ話を聞きました。 親父から、本当は預けたくなかったんだ。でも母親は入院しており 小さな子ども二人を抱えては働けないので食っていけないんだと 言われました。 うらんでなんかいないよ。迎えに来てくれたことを感謝していると 話しました。 もし、親が迎えに来なかったら兄弟揃わなかった。 迎えに来てくれた親に感謝しています。 私が早めに家に帰ったのは、近所の人から一人戻したらいい あの子は買物もできるしと言われたからだそうです。 下町に住んでいましたので近所の商店街に買い物籠に サイフと買う商品を書いたメモを持っていくと商品を売ってくれた そうです。2歳から買物をしていたとのこと。ほんとかなーと 思いますが、親が言うのだからそうなんでしょう。 (情報提供のお願い) もし、江戸川区船堀にあった大滝児童学園について何か情報を お持ちの方がいらっしゃいましたら、コメント、トラックバックなどで 教えていただけるとありがたいです。 江戸川区史という書籍があるようです。江戸川区に図書館に設置してある とのこと。今度江戸川区の図書館に行って見てこようと考えています。 今回の調査を通じて、久々に親父と話をしました。今度の日曜日は父の日です。 会いに行ってくるかと考えています。 |
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